昭和52年7月23日 月次祭 大坪かよこ
今日テレビでお話をしておられました中に、花の美しさというものは花が満開に咲いたときが、美しいのではなくて、その花が咲こうとして蕾からそして中開きに、七分開きに咲いていこうとする、その姿勢が美しいんだと言っておられました。
満開になったその花が美しいのではなくて、生きた花は、やはり蕾からそして段々開花をしていくその生き生きとした姿が美しいんだと。は、なるほどそうだなと思いました。
信心もやはりそうです。ね、此方のことを神神と言うが、此方がおかげの受けはじめじゃ、みんなもこのようなおかげが受けられると仰る。
生神とはここに神が生まれるということであってと仰せられます。
金光様の御信心の一番素晴らしいところはここなんです。
生神を目指して信心の稽古をするということなんです。
ね、ですからそれはどんなに硬い蕾であっても、その蕾が段々こう開いて行こうとするその姿が天地の親神様の目に留まるのでしょうね。
その生き生きとした生き姿が有り難いのです。
先ほど矢野先生が前講致しておりましたが、ね、この頃私は皆から私は人相が変わったと言われると言うのです。そういや、ほんのこと先生あんた変わんなさったばい、というごとある感じがするんです。
毎回、そのここに来なさったげな、人相が悪かったちゅゆわけではないですけれどもね、とにかく生神への精進がです、ね、段々美しくなっていかれておるのだとこう思います。ね、ですからお互いが、ね、そん少しづつぐらいな人相が変わっていくぐらいな、鏡の前に座るたんびんに、はー、これが生神さまになりよるとばいの、と感じられるくらいな、ひとつ心の状態を、それがそのまま表に現れるようなおかげを頂きたいもんですね。
今朝からの御理解に、信心は見易いものじゃが、氏子から難しゅうすると仰せられる。という御理解を、ま、繰り返しどのくらい頂いたか分りませんけれども、今日は私は、改めてここのところを教典開かせて頂いてま、発見致しましたと申しますか、気付かせて頂いて改めて有難いなと思わせて頂いたんです。
というのは私が、金光様を唱えられるようになって、いうなら六十有余年ですけれども、ね、様々なとこも通りましたけれども、信心ちゃ難しいなーと思ったことが一辺もなかったということなんです。
こりゃ自分も今朝からね、それに気付かせて頂いて驚きました。
信心は難しいものじゃが、ね、氏子から難しゅうすると仰せられてあるけれども、私の場合に限ってだけは、私は六十年間の信心を振り返ってみて、一辺だって、信心が難しいとは思わなかったし、思うたこともなかったということ。
今朝から気付かせて頂いて、何がそう私を信心を難しいものにしなかったかと、ね、私の伝記風なものが、あの和賀心時代を創るという御本に出ておりますから、皆さんがお読みになっておられますから御承知でしょうけれども、もう私はもう生まれ落ちると同時から広大なおかげの中に、誰だってそうですけれども、とりわけない命を何回も助けて頂くというおかげを頂いております。
ですから、もの心つく、例えばばばが、私を連れてどこんでも参ります時に、ね、はあー、あのこの息子さんですか、あげん大やけどをしなさったとは、ね、この子供さんが生まれなさったときですか、お宅には水ごが生まれたち評判したのは、と言ったような話が、いわゆる話題が出るんです。
もうこの人ですたいこの人は、もう何回となしに金光様から御助けを、命を頂いておるですけん、もうこの人は金光様ん御恩どん忘れよるとばちかぶりますと、こう、話しておるのをいっつも聞いておるわけです。
はあ、私は、金光様のおかげでこの世にあるんだな、助かっておるんだなというです、そういうひとつの思い込みが、一つの恩を感じることになったのでしょうね。
ですから金光様のおかげで金光様のおかげでということになり、少し、信心が、なら、分らして頂くようになればもういよいよのこと、金光様の恩どん忘れよったんではということになってきた。
とりわけ私どもが終戦と同時に引揚げて帰ってからというものは、ね、いよいよ今までの信心ではいけなかったことに改めて気付かせて頂いた。
いうならばおかげおかげとおかげを追い求めておるというだけの信心ではいけない。その証拠には家族中の者が、いまとたんの苦しみにあっておるではないか、ね、これでま、一成功でけたかのようにみえた北京時代のことも、もう一切を向こう、現地に捨てて裸一貫同様で引揚げて帰ってこなければならないその事実がです、ね、いままでの信心ではいけなかったことを痛感致しましてから、それから始めて、いうなら本当の信心らしい信心になってきた。
いうならば、おかげを求めるというのではなくて、真の信心とは、本当の信心とはと、より本当な信心から本当の信心を求めて、おかげを頂くようになりましたら、もういよいよもってどういう難儀の中にあっても、これはより本当な信心を分らせて下さるための神様のお働きだとしか考えられなかったし、それこそ獅子は、自分の子供を千尋の谷へ突き落すと言うが、これは子供が憎うてじゃない、ね、百獣の王としてのいよいよ値打ちを作るための親のいうならば試練を受けておるのだというようにしか考えられなかったんです。ね、ですから、一つも信心ちゃ難しか、とても私どんじゃでけん、と言うようなことはない。
は、信心をすりゃ、まずね、時間もいるし、お金もかかるし、と言う人は難しいのです。またおかげを頂かんならんからと言うて、それこそ朝参り、夜参りたとえそれがしておりましても、ね、おかげを頂きゃ有難いけれども、おかげが、んなら思うように頂けなくなると、信心ちゃ中々難しいということになる。
だから難しい信心では、おかげには、本当のおかげにはならん。
ね、信心とはもう有難うして有難うして、ね、うれしゅう、しかも愉快に、というのです。ここで表行が全廃になって、心行一本ということになって参りましたら、水行もなからなければ、断食もない。火の行水の行というようなことは、もうこれは間違った信心だと頂いて、此方、おかげを頂いて段々、合楽の信心がほんとのことになって来つつある。いよいよもって信心は難しいもんじゃない。はあ、この寒中に水ごおり取らんならんとか、火の行せんならんとか、断食せんならんちゅうなら難しいですけれども、それとてもです、やはりほんとに信心を求めてならば、それはひとっつも苦な事ではなかった、こりゃ私の過去の信心から言えることなんです。
私は今日はそういう意味で大発見をした。
はあ、私の六十年間という信心はひとっつも難しいことではなかった。
まず私は神様のおかげで命を頂いておるというその実感が、いうならば神恩報謝の心というものが、ね、段々でけて来たんであろう。
それから真の信心をさしてもらおう、いままでの信心ではいけなかったと、かなぐり捨てて、そして真の信心を求めて信心するようになったら、もういよいよ信心というものは有難いもの、尊いものということになって参りました。
今朝から、今朝からじゃない、この午後の研修を致します時に、若先生がこういう発表を致しておりました。
これはあらゆる、ま、教えを持った宗教なら必ず言うことですけれども、信心とは本当から本当のことを追求していくことだと。いうならば、真理の追求だと言われております。または法則を対して、法則を対しながら、法則に従った生き方をするということのためで、ためにその法則を微にいって細にわたった教えを、にしておる宗教もございます。
絶対にそうです。法則に従った生き方にするということが、信心だ。しかも限りがない。真理を追求していく、本当のことから本当を求めて行くという、これが普通の人の信心ですけれども、金光様の御信心の素晴らしい、これは独自性とも言えれるものは、ね、お道の信心はどこまでも生神が目指しだということを言っております。
こりゃま、いつも私も言っておることですけれども、は、これは合楽理念の中に取り入れられるべき重大なことだなと私は思いました。
ね、これは教団全体でも総生神と申します。総生神を目指すと言うが果たして生神を目指していく生き生きとした、いうなら生神という全開の花を目指して、私どもが固い蕾ながらも、それに向かって少しづつでも開いていっているかどうかと言うことなんであります。
ね、口で言うだけでほんとに生神を目指しておるというような人はごく少ないのじゃないか、ま、合楽の方たちぐらいなじゃなかろうか、どうでしょうか皆さん、皆さん生神を目指しておられるんです。ね、此方ばかりが生神ではないみんなもこのようなおかげが受けられる、此方がおかげの受け始めであって、ね、みんなもこれと同じおかげが受けられるんだと仰せられてある、これが金光教の信心のいうなら最高の目指しであり、ほかの宗教宗派の追従を許さない絶対の教えだと思います。
法則が詳しい、真理も追及していけば一つの勉強ですから、いろいろ分る。
そして結局は頭でっかちの信心が生まれてくる。
私は今日若先生その話を聞いてから、確かにそうだと思いました。
ね、そんなことが分っておる、信心が分っておる、いうならば教学ふうな人達なんかは、そういう勉強に一生懸命なさる。
ね、ですから分っちゃおるけれども、ね、体の方は付いていっていない、心の方は付いていっていないというのが事実ではなかろうかとこう思います。
それでは頭で分るだけですから、頭でっかちになってしまうわけでございます。
ね、だから金光教の御信心は、もうたとえ、なら、誰でもが今日から生神に向かっての精進をさして頂こうと言うことになるところから、信心が始められなければならない。
ですからどういう教えでもこなさずにはおられないのであり、どういう問題でもそれを生神としての見地に立って、その問題を見るから問題が問題でなくなってくるのです。
ね、いや神様がこのような修行を持って生神への手がかりを、足がかりを作って下さるんだと思うから、お礼が言えれるのです。
ね、金光様の御信心のこりゃもうほんとに独自性です。ね、もちろん真理も説きます。法則も、それこそ教祖の神様は無学とご自分で仰っておられますけれども、あの御教えの中にはもうそれこそ、ね、天地の親神様の心の深く広く、そしてどういう無学のものにもでも分らして頂くようにもう縦横無尽に説き明かしてあるのが教祖様のみ教えです。
説き明かしてあるのですけれども、それを分ろうとしないから金光様の御信心のまだ教えは中途半端なものだというふうにしか言わない人もあるくらいです。
合楽で私が三十年間、たとえば朝の御理解だけにしても三十分間づつの三十年間と言うとどれだけになりますか。私の書庫の中にもうそれこそいっぱいの御理解、久保山先生に始まって次々それをいさつを受けて御用させて頂いておられる今日西岡先生がその御用を承って、ね、毎日朝の御理解が克明に記録にされております。
もう一辺だって、教祖様のみ教えの中に、たとえばダブるということがない。
いつも斬新な、新たないわば内容が教祖の神様のみ教えの中にあることがこれから頂いても分るのです。
ね、昨日の昼の御理解の時でしたかね、頂きましたんですけれども、あるみ教えを神様にお願いさしてもらいよりましたら、ね、楷書で書いて、そしてそれを行書で書き草書で書きもうそれをもう自由自在にその教えというものをけいこ次第では書けれるようになるように、けいこ次第ではもう自由自在にその書きこなしていくことがでける、頂きこなしていくことがでけるという御理解を頂きましたが、まさにそのとおりです。
ね、ですからね、いうならば、楷書では読み切るけれども、草書であるのは読み得ない、それは読み得ないのであって、ね、実際は間違ってはいないんだ。ね。合楽の信心が実は間違ってると言ったようなことを言う人は、私が草書で書いておるのをただ読みきらんでおるだけの話なんです。
ですからもう限りなく追及していけれる、限りなくいうならば、法則に従った生き方を身に付けて行かなければ、生神への精進ということにならないのです。
ね、ですからね、金光様の御信心はどこまでも生神を目指すのである。なら、ある程度のところまで行かなきゃというのではなくてもう、今日からでもです、生神を目指す信心、精進、またそれに対する手立て、それに対するところの道付けを朝晩の御理解に頂いておるのでございます。
ね、ですからね、確かにあの生神を目指すということは、ね、もう問題が問題でなくなってくるです。難儀が難儀でなくなってくるです。いうならば信心が見易いもの信心が有難いもの、楽しいもの、いや愉快なものですらあることが分ってくるのです。
愉快ちゅうのはちょっと言葉がおかしいようですけれどもね、信心を愉快にするなんて、けれども愉快で愉快でたまらんのです。
もう神のリズムというものが、聞こえ続けてくるのですから。リズムに乗った、いうならば、生き方がです、ね、調子に乗った生活ですから素晴らしいです。
今日も私これ、先ほど出て参りましたが、福岡の田中さんがお届をされました。そしたら次に椛目の田中さんがお届けされました。そして次に日田の田中さんがお届けに来られました。次には吉井の田中さんが、四人続きました。
はー、なら合楽の信者さんな田中さんばーっかりじゃろうか、そうじゃないでしょうが、ね、そういう時にです、もう神様の今夜のお月次祭に対する働きをです、感じずにはおられんのです。
このようにも間違いのない働きの中で、皆さんはそのような間違いのないお働きを受けて、今晩この月次祭にお引き寄せを頂いてどられる、参ったのじゃない、参らせて頂いておるということが、分ります。
ね、そういうね、神様のそれこそ妙なるまでの調子が響いてくる。それが聞きとれれるようになるのですから、もう愉快で愉快でたまらんのです。
ね、朝が早いとか、ね、夜が遅いとか、もうそりゃ眠たいことは眠たい、きついことはきついけれども、けれども、そこをもう一つ押してまいります時に、そのきつさが飛んでしまう。今日先ほど久富さんが言っておられました。
もう今日は先生、もうこちらへ参ることもう体がきつしてきつして、もうどんこんできんごっきつかった。けども神様にお願いをさせて頂いて、今日はまあ、月の最後の月次祭だからと思うてお参りさせて頂きましたら、こちらに着かせて頂いたら、着かせて頂くと同時に体がしゃんとした、と言うてお礼を言っておられます。
ね、それはきついことがありますけれども、そこを生神への精進と思うて、それを精進させてもらうところに、もう先のことはもう分っておる。おかげになることが確信でけてくる。ね、そういう確信が、段々本当な確信になって、いわゆる生神の道をひたすら進ませて頂き歩かせて頂くことになるのです。
ね、皆さん今日は私、今日の私のいうなら発見です。
私が六十数余年になりますけれども、金光様の御信心が難しいなと思ったことがなかった、ことを今日改めて気付かせて頂いた。
しかも最近では、うれしゅうして楽しゅうして、愉快にまでなって来ておる事実を思わせて頂く時に、ね、金光様の信心の難しくないということは、ね、どういうところからそういうことになってきたかというと、まず第一に、恩を私は知って、いうなら、沁み込んでおったからだと、天地の大恩を受けていないものはおりませんけれどもそれを感ずると感じないで違うのです。
ね、恩を感じるところから、ね、例えて言うと、なら、金光さま百十八年間、いうならば朝の四時から夕の四時まで、ね、十二時間お座りし続けて、百十八年間が続けられて、金光様から金光様へと継承されておいでになられておる。
金光様は私どもに、信者氏子のために、そのような祈りを送っておって下さると思うただけでも、ね、勿体ないという心が湧いてくる。ね、きついの眠いの言われないというような、おかげを頂きましてね、信心を進めて行かなければならん。
そして、ならおかげおかげと言うのではなくて、信心がどこまでもです、いわゆる信心でなからなければならない。
ね、信心とは、真心と書く。信心とは、ね、神心とも書く。もちろん信ずる心と書いて信心とも読む。その神様を信じて疑わない心がいよいよ募ってくる。そしていつの間にか人相が変わってくるほどしに自分の心は真心になっていっておる。
時々自分で自分の心を拝みたいほどにある。もう生神への道をいよいよ進ませて頂いておる印である。
ね、そういう心をいよいよ心として、ね、それがいよいよ四六時中有難うならして頂く稽古を、ね、この世ででけないならあの世ででもそれを持ち続けて行かせて頂こうというのがお道の信心だと、しかもこれは金光教の信心の、もう独自なものである。
ね、法則を説く、真理を説く、ね、これはあらゆる宗教が法則も説きましょう、真理も追及しておりましょう。
けれどもただ、追及して分っただけでその道を踏もうともしないならば、それは結局知っておるだけけであって、いうならば頭でっかちになっていくだけのこと。金光様の御信心はどこまでも、中身が有り難いというもの、これが一番実証です。どういうその有難いていうものには必ずおかげが伴うです。
ね、そういう実証を見ながら信心を進めて行くのですから、楽しいことになるのです。
ね、信心を願い、信心を求め、ね、信心を頂いていく生き方を身に付けるならば、信心は難しいものではない。もうどころか楽しゅうて有難いものだ。そして天地のリズムが聞こえてくるようになってくると、もう愉快で愉快でたまらなという信心だということを、今日は聞いて頂きました。どうぞ。